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<<   作成日時 : 2007/09/21 01:03   >>

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■霧の中の処方せん/医師不足にあえぐ県内(4)
Web東奥日報
http://www.toonippo.co.jp/l-rensai/kirinonaka/index.html
◆第4部 模索と実行
 医療崩壊を食い止めようと行政、住民、大学が必死の模索を続ける。最終の第四部では、住民が安心して暮らせる医療体制を築くための“処方せん”を考える。(社会部・菊谷賢)
(1)難関医学部突破/教育環境の整備急務(2007.2.14)
(2)フリーターから転身/挫折を重ね初志貫く(2007.2.16)
(3)「良医」を育てる/県内定着独自の指導(2007.2.17)
(4)医師確保へ本格始動/県仲介に評価と批判(2007.2.18)
(5)岐路に立つ自治体病院/存続へ民営化を模索(2007.2.19)
(6)西北五の中核病院構想/医師確保「至難の業」(2007.2.20)
(7)再建懸けた医療連携/効率的運営へ不可欠(2007.2.21)
(8完)未来の分岐点/地域での議論が大切(2007.2.22)

■(1)難関医学部突破/教育環境の整備急務
 日が暮れた大湊高校(むつ市)の小部屋。英語担当教諭と二年生一人が英語読解に取り組んでいる。レベルは通常の授業より高い。マンツーマンの特別講義。生徒は医学部を目指している。職場体験で産婦人科を訪問し、命の重さを感じ取ったという。
 「下北地方は都市部に比べ、教育面で情報や刺激が少ない。その分、学校全体で生徒を支援しなければ。生徒の夢をかなえてあげたい。地域に貢献する医師になってもらいたい」。須藤圭一・進路指導部主任らは語る。
 青森県から医学部に進学するのが難しい。県内から弘大医学部へ進学する生徒が少ない。それが県内の医師不足の一因−とささやかれる。
 県内進学校の担当者は語る。「弘前大学医学部は全国の浪人生から狙われている。県内から入りにくい。英数国で勝負できても理科で差がつく。首都圏は、小中学校からの総合的な教育環境が整っている。県内の子が必死に努力しても届かないものがある」
▼落ち込む県内出身者
 県によると、県内から、弘大を含めた全国の医学部へ進学した人は二〇〇〇年まで年六十人を超えていたが、〇一年が五十八人、〇二年は四十人台に落ち込んだ。その年代が今後、卒業を迎える。
 上十三地区の病院長は「医師としての使命感がなくても、良い成績を収めた人が医学部に入る。そういう人がつらい診療科を避ける。地元の人が、地元大学に入れない受験制度に問題がある」と指摘。県内の内科医は「医学部に行きたくても学力が到達しないからあきらめる人が多くいる。そんな人たちが医学部に行けるような教育キャンペーンを張ればいい」と提言する。
 一人でも多くの医学部進学者を出そうと、県も事業を進める。〇五年度から始まった県教委の「夢実現チャレンジプラン」。医療職場体験、現役医師による講演会を通して、高校生に医療の道を目指すきっかけづくりを行う。難関学部を志望する生徒のために、泊まりがけの「実力養成セミナー」も実施。大手予備校講師らが高いレベルの授業を展開する。
 弘大医学部は〇六年度から、県内推薦枠十五人を設定。〇七年度から二十人に拡大した。ただ、この枠をめぐる競争もし烈だ。学校の成績評価四・〇以上。
センター試験は80%前後の得点が必要とされ、旧三市の進学校が強い。青森高校などは徹底した面接対策、論文対策を練る。田名部高校や大湊高校ではセンター試験のボーダーに到達するのも厳しい。
▼経済基盤、進学に影響
 「県内推薦枠の中に下北枠をつくってくれないかな」と、冗談交じりに話す田名部高校(むつ市)の小又伸一・進路指導部部長。
 同校によると下北地域で医学部進学が少ない背景に経済基盤の弱さもあるという。「経済的な理由で浪人できない、私立大へ行けないという家庭もある」とやるせない表情の木村和典教頭。「下北の厳しい医療事情を知っているだけに医療に関心がある子は多い。素質は決して劣らないのだが」
 一月三十一日、むつ総合病院の祐川誉徳医師(27)=むつ市出身=が母校・大湊高校で講演した。医師の素晴らしさを訴えた。
 祐川医師は語る。「地元出身の医師が増えないと下北の医療は良くならない。
地元の医師の方が、地元の医療に対して情熱がある。自分は救急医療で地元に貢献したい。地元の仲間と下北の医療に尽くしたい」

■(2)フリーターから転身/挫折を重ね初志貫く
 「自分が医学生でいられるのは青森県、弘前大学のおかげだ。どん底から救ってくれた。感謝している。恩返ししたい」−。
 弘前大医学部の島田拓さん(27)=千葉県出身=は、インタビューの席に着くなり一気に語った。
 四年制大学卒業後、四年間の“フリーター生活”を経て、学士入学制度で二〇〇六年四月、弘大医学部三年次に編入した。
 県・市町村から授業料・生活費の支援を受けている。卒業後、六年間は県内勤務が義務づけられている。回り道した分、医療への情熱、良い医師になりたいという気持ちは強い。
 高校時代から「生涯を懸けて踏み込める仕事はないか」と思っていた。母親の母国・ウクライナで、日本人医師がチェルノブイリ原発事故の被害者の救済に当たっている現実に胸を打たれた。
▼バイトの合間に参考書
 高校卒業後、千葉大医学部を受験したが失敗。家庭の事情で浪人できず、早稲田大教育学部に入学した。医師の道をあきらめ切れず、悶々(もんもん)とした日々を送りながら卒業。仲間が大企業などに就職していったが、一企業に所属してしまうことがどうしてもできなかった。
 アルバイトしながらの医学部再チャレンジ。引っ越し、プール監視員、交通整理、塾講師…一日中、びっしりとバイトで埋めて生活費を稼いだ。
 「なにやってるんだ」。十代の年下社員から怒鳴られた。
 「定職に就かないフリーターね」と、白い目で見られた。
 休憩時間には必死で参考書を開いた。
 生活費は最小限に抑えた。アパートは池袋駅徒歩十数分、家賃一万八千円の長屋。隣は十代のフィリピン人女性と中年男が暮らす不思議な空間だった。
 〇四年、弘大医学部三年次編入試験を受けた。最終面接まで行ったが、医療の時事問題に答えられず「君は医師に向いていない」と言われ不合格。帰りの寝台特急「あけぼの」の中で、失意のどん底をさまよった。翌〇五年「運命的なものを感じていた」という弘前大を再び受けた。最終面接で、これまでの生き方をそのまま表現した。面接官から「ぜひ、来てくれ」と言われた。二五倍の難関を突破した。
▼意欲高い学士編入生
 学士入学の学生は入学初年度、他の学生よりも多くの試験をパスしなければならない。ただ、フリーターのどん底時代に比べれば、そんなハンディは何とも思わない。これまでの経験が肥やしになっている。
 「勉学が自分の仕事だと思っている。奨学金をもらって、勉強させてもらっているのだから」
 島田さんが利用している県の「医師修学金資金支援事業」は〇五年度から始まった。県、市町村が補助金を出して、医学部生に経済支援を行う。〇六年度は四十四人(県出身三十六人)が受けている。県医療薬務課は「学士入学生は経済的に厳しい人が多く、学費支援によってかなり助かるはず。将来的に医師定着につながってほしい」と期待する。
 弘大の学士編入学制度設置に携わり、島田さんの最終面接で「ぜひ来てほしい」と語った泉井亮・元弘大教授(現・国立病院機構弘前病院医師)は語る。
「学士編入導入で、良い医者になろうと意欲を持った人が集まるようになった。
その人たちが母校・弘大に残ってくれれば」と期待を掛ける。
 弘前大医学部では来年度からへき地医療実習が必修化になった。島田さんは目を輝かせる。「医師が少ないということはそれだけ、多くの患者を診られるということ。チャンスだ。自分は、青森県に骨を埋めてもいいと思っている。医師の道なら、自分の一生をささげられる」

■(3)「良医」を育てる/県内定着独自の指導
 汗がにじんでいた。二月六日、弘大医学部会議室。四年生の男子学生は、患者に扮(ふん)した“模擬患者”を前に緊張を隠せなかった。
 訓練を受けたベテラン模擬患者は迫真の演技で訴える。「のどの調子が悪くて」「頭が痛くて」…。
 症状をノートに書き込む男子学生。その“間”が長くて、重くて、どこか気まずい。「いつごろからですか」「詳しく教えてください」と語り掛ける声はトーンダウン。“診療”終了後、同級生が「相手の目を見て」「ストーリーを考えて」と厳しく指摘した。ただ、模擬患者から「一生懸命さが伝わってきました」と言葉を掛けられ、救われた。
▼「人とふれあい」重視
 弘大医学部は「人」「コミュニケーション」を重視した臨床重視型の医学部教育を展開している。四年生の医療面接授業は、臨床実習に出る前の避けて通ることができない関門として行われる。指導する加藤博之教授(総合診療部)は力を込める。「学生自身の人生の中で初のインパクトではないか。患者さんを前にすると、学生は急に医師の目になる。実習を通して、良好な人間関係を築く医師の基本姿勢を伝えたい」
 医学部教育について男子学生は語る。「満足しています。指導教官も丁寧に答えてくれる。どこに放り込まれてもやっていけそう」。ただ、卒後は県内に残らず、出身地へ帰り救急医になりたいという。
 六年間、工夫が凝らされた弘大の医学部教育を受けて、卒後は県外へ−という構図。弘前大学生が昨年行った学生アンケートで入学時、64%が県内に残るつもりはないことが判明。「衝撃の結果」とある教官は表現した。
 現実、弘大に新卒医師が残らない。二〇〇七年度、医学部卒業後の臨床研修先として、弘大病院を希望したのはわずか八人。組み合わせ率は全国国立大病院で最下位だった。少子化の進展で他県大学出身者は親元へ帰る傾向が強まり、首都圏のブランド病院志向も根強い。弘大関係者ががっくりと肩を落とす。ある教官は「青森に残らないと宣言している人を教えるのは、やはり力が入りませんね」。
 ただ熱血指導医・加藤教授は望みを捨てない。「良い医学部教育を提供することで青森に対する愛着が増す。青森での出会い、青森の教育に触れ、その結果、青森に残ってもらうことが望ましい」
▼原点探るへき地実習
 地域に頼りにされ、感謝され、医師の原点を見いだす−。そんなイメージを抱いて奥村謙教授(内科学第二講座)は来年度からの臨床実習のデザインを描いた。弘大は〇七年度から、六年生のへき地医療実習を義務化する。
 「純粋な心を持つ若いうちに地域医療の現場を見ておくこと、体験しておくことは、将来、進路を選択する際にもきっと役に立つ。へき地医療で活躍する医師の背中を見て、育ってもらいたい」と奥村教授。
話としては美しいかもしれないが、果たしてどうか」とある弘大教官。「厳しい医療事情に触れ、かえってへき地を避ける人もいるのではないか」。自治医大卒の若手医師は「へき地で指導する医師が良い教育ができるかどうかがポイントですね」。
 県内推薦枠の拡大を検討するなど、「良医」育成、医師定着へ向けてさまざまな模索を続ける弘大医学部。西北五地域の自治体病院の関係者は激励を込めてこう語った。「医師不足の病院再生は、間違いなく弘大の取り組みにかかっている。一部の教官だけでなく、大学全体が魅力を増してほしい」

■(4)医師確保へ本格始動/県仲介に評価と批判
 電話が鳴った。
 「青森県の医師支援機構ですか?
 そちらの事業に関する資料を送ってもらえませんか」
 「承知しました。そちらのご連絡先を」
 県職員の受話器を握る手に力が入る。期待が高まる。
 二〇〇五年九月にスタートした「あおもり地域医療・医師支援機構」。
 県内勤務を希望する医師の無料職業あっせん所は、県庁六階の医療薬務課内にある。医師からの問い合わせの電話、電子メールを受けると、職場はぐっと熱を帯びる。
 勤務地、給料、休暇など、まず医師の要望を聞く。次に県内の勤務可能な病院・診療所を探す。何度となく繰り返される条件のすり合わせ。病院と医師の“お見合い”作業とも言える。
 突然、連絡が途切れ、がっくりすることも。拘束時間が少ない無床診療所を希望する医師も多く、すべてのニーズに応えられない担当者の苦悩は深まる。
▼均衡とれた配置可能
 これまで紹介した実績は三件。さらに今年春には、四件の紹介ができそうだ。
「スタートはまずまず」と県医療薬務課。制度のメリットをこう説明する。
「県の仲介なので安心・安定感がある。大学の医局人事に縛られず、本人の希望で勤務先を選べる。県内でバランスがとれた人事配置が可能だ」と。
 一方で「県に医師の力量が分かるのか」「問題ある医師を見抜けるのか」「(自治医大卒の医師を含め)医師の配置に偏りがあるのではないか」…といった医療関係者からの批判もある。
 佐藤敬・弘大医学部長は県の取り組みについて「大学の負担が減る」と評価する一方、「大学の足は引っ張らないでほしい」と本音をチラリ。県庁がある青森市と医学部がある弘前市の微妙な距離感が、県全体の医療政策を難しくしている。
 津軽地域の中堅内科医は指摘する。「県外から医師を獲得・紹介するのは良い試みだが、それ以上に中堅医師が辞めている。過酷な職場環境に耐えかねて、どんどん開業している。まず、その“ざる”の穴をふさがないと」
 県も無策ではない。勤務医が次々とやめる「負のスパイラル」を断ち切るため、一昨年、医師確保のグランドデザインを打ち出した。休業中の女性医師支援、医師の米国研修、医学生への修学資金貸与…。
 三村申吾知事は何度となく弘大医学部に出向き「本県に残ってほしい」とラブコールを送る。
 「青森県は明らかに医師確保対策の先進県」と評価する石川県医療対策課。
厚労省医政局も「青森県は、感動するほど一生懸命だ」。
 しかし、本年度、県が実施した女性医師の復職支援のための研修は、応募者ゼロと空振りに終わった。
▼米国研修に疑問も
 医師のステップアップを手助けする米国研修に首をかしげる医師も。「二週間の海外研修で何を視察するの? 『海外へ行けば“ハク”が付く』というのは役所の発想。もっと現場の声に耳を。マーケティングリサーチを」(津軽地域の内科医)
 また、自治体からの医師派遣要請に「医師確保は地域で」と素っ気なく断る県の対応に、複数から不満が上がっているのは事実。自治医科大卒の医師配置で冷遇されている地域では、県に対する不信感もあるようだ。
 西北五地域や津軽地域の医療関係者は口をそろえる。
 「国の施策が見えない中で、県が一生懸命頑張っているのは分かる。ただ空回りしている。県と大学が歩み寄ってほしい。医師会、大学、県が同じテーブルについて、医師確保について検討してほしい」

■(5)岐路に立つ自治体病院/存続へ民営化を模索
 病院存続の道は限られている−。小田桐智高・藤崎町長の見方は明確だ。
「公設民営は、病院生き残りの最大のチャンス。自治体病院の役割が変わった。
時代が変わったのだ」
 病院周辺を見回す。近くには新しい民間診療所がある。数百メートル先には大動脈・国道7号が通っている。住民はサービスのいい町内の開業医へ、弘前市の総合病院へ行く。一方、藤崎病院のベッド利用率は30%と低迷を続ける。
外来患者は伸びない。院長を含めた常勤医三人は月七回の当直を強いられる。
「効率が悪い。採算が取れない。医師が見つからない。医師確保は首長の力ではどうにもできない」(小田桐町長)
 医師不足、診療報酬引き下げ、経営環境悪化という時代の激しいうねりの中で、藤崎病院は二〇〇八年度から医療法人による運営を模索。県内初の指定管理者制度を利用した公設民営化を目指す。同じく医師不足に苦悩する平川病院(平川市)も公設民営化の道を探る。自治体病院が岐路に立っている。
▼借金総額は136億円
 県内に約百ある病院のうち、三分の一を占める自治体病院。ベッド数、病院数では全国トップクラスだ。“金太郎あめ”のように各病院とも似たような診療科、機能を持ち、それぞれ医師を必要としている。効率の悪さが指摘される。
医師の労働環境は悪化し、自治体病院の赤字は膨らむ一方。〇五年度の決算見込みで県内三十自治体病院のうち赤字を出したのは二十三病院。支払い能力を超えた借金の総額は百三十六億円と過去最高に達した。
 「多くの市長、町長は病院を切り離したいと心の中で思っているのではないか」−。津軽地方のある首長がささやく。ある内科医は「多くの首長は大学や行政の責任にして、早く病院を閉めたいのが本音では」。
 津軽圏域は昨年、病院再編計画の見直しに着手したが、中核病院構想が進まないため、計画は宙に浮いたまま。二次救急病院が足りず、住民の不安が漂う。
弘大に勤務していた医師は言う。「夜間、脳卒中患者も診れないような、医療過疎の津軽に自分の親を住まわせたくない」
 再編計画の見通しが立たない中で、藤崎、平川が公設民営に動きだした。
「ある日突然、診療・救急ストップという最悪の事態を避けるために」(浅利昌宏・藤崎病院事務長)。
▼綱渡りの運営解消
 公設民営化によって、大学からいつ医師が引き上げられるかと、脅えながらの運営から解放される。綱渡りの病院運営が解消される。医師確保が柔軟になる。民間経営のノウハウが導入できる−とされる。
 一方で職員の給料はどうなるか、運営主体が将来そのまま運営にかかわるのか−という課題もある。
 薄日が差す藤崎病院待合室で、七十七歳の女性がバスを待っていた。「長年、ここの横山先生(院長)にぜんそくの治療を受けています。自分の体のことをよく知っているので安心です。ここは循環バスもあるのでいいですね」
 その横山篤院長もこの三月で定年退職する。医療法人が四月から、二人目の医師を派遣する予定。民営化の動きは確実に進む。〇八年度、藤崎病院が公設民営となり診療所になれば、自治体病院の使命とも言える救急車受け入れ休止も予想される。
 「まさかこうなるとは。寂しい」。二十八年間、藤崎病院で勤務してきた横山院長がしみじみと語った。

■(6)西北五の中核病院構想/医師確保「至難の業」
 手厳しい意見が飛んだ。「病院再編のマスタープランなんて何も知らされていない。問題点、課題を住民に知らせるべきだ」
 昨年十一月、青森市で開かれた地域医療を考える県民フォーラム。五所川原市の菅原寛太さん(59)の口調は厳しかった。菅原さんは訴える。「財政など課題が多いと聞くが、その情報さえ知らされていない。市民と一緒に病院をつくっていく視点が欠けている」
 西北五地域で進む自治体病院の再編。基幹病院に高度医療を集め、効率的な医療を展開する。地域が“一つの病院”となって、地域で医療を完結させる−という壮大なプロジェクト。医師不足と病院経営悪化を解決する切り札と注目されるが、克服すべき課題はあまりにも多い。
 「新中核病院の医師をどこから連れてくるのだろうか。現在の西北中央病院(五所川原市)でも、いくつかの診療科の維持がやっとなのに」−。西北中央病院関係者は声を潜めて語る。
▼圏域住民に対し責任
 二〇一一年完成予定の新中核病院は五十人余りの常勤医を想定。現在の西北中央病院は三十二人(二〇〇六年五月現在)。圏域の病院の医師を全部集めてきても五十七人。
 将来、弘大医学部は優先的に新中核病院に派遣すると言うが、県内で絶対的に不足している脳外科医、麻酔科医を集めることができるのか。相澤中・西北中央病院長は言う。「至難の業。今以上に病院に患者が集まるので、複数の脳外科医は必要だ。ただ、目標を掲げた以上、これを放棄するわけにはいかない。
圏域の十六万の人に対し責任を果たさなければ」
 中核病院の整備事業費百九十九億円も重くのしかかる。六市町村の負担割合は決まった。しかし、国や県からどのぐらい補助されるのか全く不明だ。財政状況が厳しい中、約八割の事業費を負担する五所川原市で多額の借金返済が可能かどうか。
 中核病院周辺の病院(サテライト病院)の役割・規模も決まっていない。
「中核病院だけを見切り発車させた再編構想」と呼ぶ人もいる。再編の方向性を示した「マスタープラン」では、鶴田町立中央病院、つがる成人病センターの無床診療所化が示されているが、つがる市が病院存続を望んでいる。「地域住民のためにも病院機能は維持したい」と福島弘芳・つがる市長。新年度からの協議の行方が注目される。
▼正直に情報出し合い
 中核病院完成前に地域医療が崩壊するという声もある。現に金木病院は救急車受け入れを休止した。鯵ケ沢中央病院の事務局は「金木のことは人ごとではない。医師確保では相当な危機感を抱いている」。
 新中核病院をめぐる期待と不安。マスタープランが掲げる住民ニーズに対応した医療が実現するのか。医師が集まらず、借金と建物だけが残ってしまうのか。
 現在の西北中央病院は、駐車場から車があふれ出し、小泊地域を朝早く出た患者が長時間待たされ、建物が老朽化し、水道管修理に多額の費用がかかる。
 地域フォーラムで苦言を呈した菅原さんは、中核病院構想自体は賛成だという。障害のある子供を養っているだけに病院のバリアフリー化、交通アクセスの整備を訴える。「患者、障害者、高齢者の視点で病院をつくらなければ、使い勝手の悪い箱物になってしまう。情報を正直に出し合って、住民を含めて問題を一つずつ協議・検証してほしい。自治体病院は住民のための病院なのだから」

■(7)再建懸けた医療連携/効率的運営へ不可欠
 子供たちや新生児の声が聞こえなくなった院内で、三戸中央病院の田中照深・事務長が語った。
 「田子病院との医療連携を逃したら、経営はこのまま転げ落ちてしまう。病院立て直しの最後のチャンスだ」 悲壮感と緊迫感がにじんでいた。病院経営はそれほど悪化していた。
 累積赤字十七億円。医師不足が影響した。点滴を打ちながらも診療に当たるほど熱心だった小児科常勤医が一昨年秋に退職した。以降、弘大の非常勤医が弘前から三戸まで通い、応援しているが、一日平均百十人だった小児科外来が二十人以下まで落ち込んだ。病院全体の一日の外来患者は二年で二百人減った。
産科を四、五年前に休止したのも大きく響いている。
 ガラス張りの近代病院が寂しく光っている。建設費が重くのしかかる。
 「医療連携できないか」
 三戸中央病院から約十数キロ離れた田子病院の葛西智徳院長も、以前から危機感を抱いていた。県から派遣されている医師四人のうち一人でも欠ければ、運営は立ちゆかなくなる。綱渡りの運営。約十年前、常勤医二人でやりくりした悪夢が頭をよぎる。
 「効率的な運営を行うには医療連携しかない。一時的に不便をかけるが、長い目で見れば住民のためになる」(葛西院長)
▼ほかに選択肢なし
 県内初となる町同士の医療連携は、双方の強い危機感から構築されていった。
 連携によって、四月から田子病院が診療所と老人保健施設になり、夜間の救急受け入れを取りやめる。三戸病院が田子の入院患者を受け入れる。役割分担を明確にした“ミニ再編”だ。県も三戸側に医師二人以上を派遣し、支援する。
 住民の不安もある。田子町の五十嵐昭子さん(60)は指摘する。
 「田子側に医師がいるのは月曜から金曜の日中だけ。夜間や土日に医師がいない不安がある。町に救急車一台しかない」
 「しかし、医療連携のほかに選択肢がない。住民が情報を仕入れて賢くなるしかない。自立しないと」
 昨年十二月二十五日、県は両町の関係者を県庁に呼び、医療連携協定を結ぶ場面を設定。報道陣の前で町長、病院長らに手を握らせた。
 それは、県内各自治体へのメッセージでもあった。
 「限られた人材を生かすには医療連携は不可欠。連携を進める所には、医師を派遣する。連携の努力を行わない病院には医師を派遣しない」−。
▼「無い袖は振れない」
 例えば外ケ浜中央病院と公立金木病院。周辺診療所をカバーし、連携を強化する外ケ浜と病院維持にきゅうきゅうとする金木とでは、県の医師派遣方針に明らかな差が出ている。
 むつ市の大畑診療所。地域のために奮闘していた医師を県は三月末で引き揚げることを決めた。「(医師を支える体制など)地域でどういう医療をやっていくか見えてこなかった」。ある県職員は、厳しい表情で語った。
 大畑診療所問題で、県医療薬務課が「無い袖は振れない」と引き揚げを告げたことに、自治医大卒の若手医師は「現実、そういうことなんだろう。医師の絶対数が足りないんだ」と理解を示す。そしてこう強調する。「いつまでも陳情したり、常勤医の派遣をお願いしたり、それで解決する問題では、もはやない。連携システムでの解決策が必要です」
 一方で、三戸と田子の医療連携に携わった関係者はつぶやいた。
 「医師不足になるのは前から分かっていたはず。どん底になるまで、なぜ国や県も手を打たなかったのか」

■(8)未来の分岐点/地域での議論が大切
 死、という言葉が聞こえるようになった。自らの病気をきっかけに医療問題に取り組むようになった角田周さん(53)=五所川原市=に住民から悲痛な声が寄せられるようになった。
 「本当に不自由になった」。金木地区の七十代女性はため息をつく。胃がんを患っていた女性の夫は昨年十一月、救急車で金木病院に運ばれ入院。三カ月後、退院を促され民間病院へ転院した。自宅療養の選択もあったが、既に金木病院は救急車受け入れを休止しており、不安がつきまとった。男性は民間病院で今月、息を引き取った。女性は語る。「昔は金木病院にもたくさんの医者がいた。世の中おかしくなってしまった。金木町が市になったらおかしくなった」
 近くに住む其田輝夫さん(76)は言う。「一分一秒を争う心筋梗塞(こうそく)や脳卒中になったら、どうしたらいいのか。命の保証はない。死んでしまう。何とか救急を復活してほしい。何とか」
▼「国は実情知らない」
 人口十万人当たりの医師数が九十八人と全国の半分、県内でも最も割合が少ない西北五地域。この現状を訴えようと自治労連県本部の金川佳弘さん(45)が昨年九月、厚労省に医師増員の請願に出向いた。
 厚労省の担当者は言った。「請願しにくる地域ほど努力が足りない」と。
 金川さんは耳を疑った。怒りをこめてまくし立てた。「それは公式見解ですか。だとしたら、問題ですよ」
 金川さんは語る。「国は地域の実情を知らない。実情を知らない厚労省が医療政策をつくっていることが問題なんだ」
 国は一九九七年の「医学部定員を削減する」という閣議決定後、一貫して医師定員抑制策を維持。日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも、最低水準の医師数となった。
 医療の高度化、高齢化の進展、女性医師の増加…。時代が刻々と変化するのに、国は目を向けてこなかった。開業医の増加を無制限に許した。臨床研修医制度には市場原理を導入し、地方大学から新卒医師をはがした。
 昨年八月、国が示した医師確保の総合対策では、医学部の定員を前倒し的に増やす自治体に奨学金設定の高い条件を付けた。
 難波吉雄・県健康福祉部長は十一月の県議会常任委員会で厳しい表情で読み上げた。「国の対策の多くは地方の努力に委ねられ、国全体の問題として国自身が取り組む真摯(しんし)な姿勢があまり見えていないことが残念です」
 医療砂漠−。医師不足を背景に荒涼とした社会が広がり始めている。
 青森市の総合病院。中堅医師が後輩に「辞めずに頑張れ」と励ましていた。
しかし、その中堅医師もヘトヘトに疲れ切っていた。
 弘大病院の教授。「医師不足の話はしたくない」と顔を曇らせるようになった。
 県内病院の事務長。マスコミの問い合わせに一方的に電話を切るようになった。
▼ドクターの心が疲弊
 昨年暮れ。金木病院の救急維持を求める活動をしている五所川原市の住職・一戸彰晃さん(57)のブログにメールが届いた。医師らしい。「ごくろうさまでした。(救急維持は)やっぱり駄目でしたね」
 一戸さんは語る。「厳しい労働環境の中で、ドクターの心が疲弊してしまっている」
 誰の責任か−という問いに「前から医師不足になるのは分かっていたのに、手を打たなかった国、県の責任だ」。
 昨夏、医療崩壊を憂う弘大出身の医師が集まって語った。「今の医療崩壊は、国も自治体も大学も、当事者意識を持って取り組んでこなかったツケではないか」。無責任体質が医療砂漠を生んだという。
 狭心症を患い、金木病院に何度か命を助けられた角田さんは、認知症の母親を看病しながら思う。「人は自分がかかわらないと真剣に考えない。行政任せだ。住民が医療を自分のこととして考え、議論を重ねることが大切。そして地域が声を上げていくべきだ」

=終わり=

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